休日は誰ともつるまずに1人で遊ぶ、食事や飲みも1人。ひと昔前は、そんな孤独な人間はまるで社会不適合者のような目で見られていました。最初から村八分にされていること前提で、自ら好んで1人でいるかもなんて発想は皆無でした。令和となった現代では、おひとり様ライフを満喫することはそんなに珍しいことではありません。
それでもやはり「アイツいつもぼっちだな、さびしーw」とか「変わり者だから嫌われてるんじゃねw」とか思われてそうで不安になることも。もしくは周りの目は気にならないけど、「このままでいいのか?」という言いようのいない不安にかられる時がある。そんなおひとり様は案外多いようです。
今の時代はおひとり様でも問題なく生きていけます。それでも不安を感じるなら、少しその原因を考えてみましょう。
不安を感じるのは原始本能
群れずに1人で行動しているという事実に、いいようのない不安を覚えてしまうのは理屈抜きの本能です。人間が厳しい自然環境のなかで生きていた原始時代、肉食獣や台風などの災害から身を守るためには仲間同士で協力することは必須でした。個体単独では生き残れないような貧弱な生物だったのです。
それは中世~近代でもそれほど変わらず、歴史的には安心して1人で移動できるようになったのは比較的最近の話です。そのため、群れを離れて単独になることへの本能的な恐れがまだまだDNAに刻み込まれているのでしょう。
1人でいることに自分自身は不自由を感じていないのに、なんとなく周りの目が気になる原因は、突き詰めていくと割とこれだったりします。
そんな本能的な恐れを自覚したうえで、あらためて不安の原因は何かを理屈で考えてみましょう。
本当はみんなと一緒に遊びたい?
周りの人は楽しそうに一緒に飲んだりBBQしたりしているのに自分はぼっち。それに対して、なんとなく不安を覚える程度ならともかく、明確に「本当は自分も仲間に入りたいのに。」と思うなら、おひとり様は向いていません。自分を変えるべきです。
とはいえこの手のタイプの人はだいたい内向的で口下手です。「自分も仲間に入れて~」が上手く表現できないものです。なんなら自分のことをコミュ障だと思っていたりします。しかしこれは勘違いです。コミュニケーション能力は性格ではなくスキルです。学力や運動能力、ビジネススキルと同じで、コミュニケーション能力は磨けば伸びるスキルなのですが、なぜか先天的な能力と思われがちです。
「うそだ、んなわけないだろ」と否定する人、騙されたと思って一度それ関係の書籍を読んでみてください。例えば「雑談力」や「話し方」の書籍を読んで少し実践してみるだけで、コミュ力の向上を実感できるはず。もちろん人によって学習スピードの差はありますが、やれば誰でも身につけることができるスキルです。
実際、優秀な営業マンがプライベートでは無口な人見知り、なんてことはよくある話です。また、アメリカのビジネス現場ではユーモアセンスも問われますが、全てのアメリカ人が生まれつき明るくてジョーク好きなわけではありません。アメリカの書店のビジネス書コーナーには「ビジネスで使えるジョーク集」みたいな書籍もあったりします。コミュニケーション能力が高いと思われる人は、じつは影で努力しているのです。あまり語られることはありませんが、「アメリカ人は陽気でフレンドリー」というステレオタイプに苦しんでいる陰キャで無口なアメリカ人はたくさんいます。
「ミックス型」が多数派?
1人でも生きていけるとはいえ、本当に全く人と関わらず、24時間365日ずっと1人で生きていける人は稀でしょう。おひとり様と言われる人達は基本はひとり行動が中心だけど、時々誰かと食事したり飲みに行ったりする「ミックス型」が一番多いのではないでしょうか。
1人で生活できる社会にはなったものの、やはり限界もあります。入手できる情報が限られたり、病気やトラブルなどは自分だけで解決しなければならない。そんなデメリットを解消するためにもある程度は人と関わる必要はあります。
そう考えていくと、おひとり様に向いている人とは、
・1人で外食やレジャーに出かけても寂しさを感じない人
・さらに人の目も気にならない人
・たまには人と交流する最低限の社交スキルをもつ人
に当てはまる人ではないでしょうか。それでも「いや最低限の人付き合いもいらねーし」と思えるならそれもありです。昭和や平成初期と違い、様々なライフスタイルが存在する現代。人様に迷惑をかけなければ、胸を張っておひとり様ライフを満喫すればよいでしょう。


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