コスパ・タイパが全て?効率主義の行き着く先

【画像】時計 生き方

「自分は人より要領が悪くて物覚えが悪い」
「人よりも無駄が多く、時間がかかってしまう」

現代の日本社会では、何事も効率的に処理することが良しとされています。コスパやタイパという言葉が生まれるほど、とにかく無駄な工程を徹底的に排除、最短距離で結果を求める風潮です。

もちろん効率性を追い求めること自体は悪いことではありません。短縮できた余力でまた新しい何かを生産することができます。しかしそれはあくまで手段。行き過ぎて効率性の追求が目的にすり替わってしまうと本末転倒です。

結果というものは、それまでの過程の積み重ねです。見た目は同じ結果だとしても、そこに辿り着くまでの道がバックグラウンドになっています。

例えば登山で考えてみましょう。深い木々の中をかき分けるように進み、時には険しい岩や行く手を遮る川を越え、苦難の末についに登頂。一方で、ヘリコプターをチャーターして一瞬で辿り着いた登頂。効率性を求めるならヘリコプターですね。しかし同じ登頂でも、得られるものが多いのはどちらなのかは言わずもがな。

もっと身近な例では、映画の倍速視聴も同様です。話題についていくため「私もあの映画観たよ」という履歴を作るだけなら倍速視聴も有りです。しかしその映画が持つ情緒やメッセージなど、得られるものも半分になるでしょう。

そもそも人間という生き物が非合理的な生き物。試行錯誤を繰り返しながらも見えない何かを得ているのであり、それを成長といいます。最短距離で結果に辿り着いたものは時間短縮できた代わりに、時間をかけていれば得られたものの機会を失っているとも言えます。

何かを成し遂げるのに人よりも時間がかかる。それを能力不足と切り捨てるのは簡単です。しかし視点を変えると、見えない何かを自身の中で積み重ねているとも言えます。

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